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長野地方裁判所 昭和38年(レ)31号 判決

控訴人 前田義市

右訴訟代理人弁護士 石井麻佐雄

被控訴人 寺本高治

右訴訟代理人弁護士 石川実

同 相沢岩雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は別紙第一目録記載の不動産に対する長野地方法務局豊野出張所昭和三六年四月二二日受付第三九二号昭和三六年四月一四日仮処分命令取消を原因として抹消された別紙第二目録記載の仮処分登記の回復登記手続をせよ。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。被控訴人は主文と同旨の判決。

第二、控訴人の請求原因

一、控訴人は昭和三二年七月四日被控訴人を相手方として長野簡易裁判所に対し別紙第一目録記載の不動産につき処分禁止の仮処分申請をなし、右仮処分命令を得、その執行として右不動産に別紙第二目録記載のような仮処分の登記をしたところ、被控訴人は昭和三五年一一月一日控訴人を被告として同裁判所に対し右仮処分登記の抹消登記手続を求める訴(同裁判所昭和三五年(ハ)第二一五号、以下単に右訴という。)を提起し、翌三六年三月三一日請求認容の判決を得て右仮処分登記を抹消した。

二、しかしながら、右訴はその訴訟手続に次のような瑕疵がありその判決は判決としての効力を有しない。即ち、控訴人は、右訴提起当時千葉市亥の鼻町三番地に居住していなかつたが、被控訴人はその事実を知りながら確定判決の既判力を騙取せんとしてことさら被告である本件控訴人の住所を前記の如く表示して右訴を提起し、右住所への訴状が不送達となるや公示送達の申立をなし、同裁判所は昭和三六年二月一四日この申立を許可し、訴状および口頭弁論期日の呼出状を公示送達に附し、以後の被告の呼出および判決の送達もすべて公示送達の方法によつてこれをなした。しかし、右訴提起の約二ヶ月前には長野地方裁判所に同一当事者間の農地調停事件が係属し控訴人はその期日に出頭していたのであり、その関係者について調査するとか控訴人の元の住所である長野県上水内郡豊野町の住所に問い合せれば控訴人の所在は知りえた筈であるから右公示送達はその要件を欠き送達としての効力を有せず、控訴人はその訴状の送達を受けていないから右訴は未だ訴訟係属を生じていないことになり、従つてその判決は成立していない。また、かりに右判決が成立しているとしても、前記の如く故意に騙取された判決は無効である。

三、よつて、右のような無効な判決によつてなされた前記仮処分登記の抹消登記手続も無効であるから、控訴人は被控訴人に対し抹消された右登記の回復登記手続を求める。

第三、被控訴人の答弁

一、請求の原因第一項の事実は認める。第二項の事実中被控訴人が被告の住所をその主張の如く表示し右住所に訴状が送達されなかつたこと、公示送達の申立、その許可およびその主張の如く公示送達のなされたこと、控訴人主張の農事調停事件がありその主張のとおりの出頭状況であつたことは認めるが、その他の事実は否認する。

二、被控訴人は昭和三五年五月一〇日頃控訴人に連絡するについてその住所が不明のためこれに先立ち寺本丙子郎に照会した結果同人から同年四月一七日付郵便ハガキで通知を受けた千葉市亥の鼻町三番地にあてて書面を郵送したところ、控訴人より同月七日郵便ハガキで返事を受領できたので、控訴人主張の訴提起当時においても被控訴人は右住所が控訴人の住所であると信じていたのである。又控訴人の豊野町における住民登録は昭和三五年七月六日職権で抹消されているが、その後控訴人は住民登録を怠つている。

三、控訴人主張の判決は裁判官により適法に言渡がされているから成立していることは明かである。

四、仮に前記仮処分登記の抹消登記手続に瑕疵があるとしても、右仮処分事件の本案である長野簡易裁判所昭和三二年(ハ)第一七八号不動産所有権移転登記手続請求事件が控訴人から取下げられている以上仮処分登記の抹消登記手続についても合意がなされたものと認めるべきである。

第四、控訴人の再答弁

被控訴人主張の第四項の事実中、被控訴人主張の事件が取下げられていることは認めるが、その他は否認する。本案訴訟が和解、取下げによつて終了しても本件のように被控訴人が条件付所有権移転義務を負担しているような場合にはなお将来の義務履行を確保するために仮処分事件を存置させておくことが必要である。

(証拠)≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実については当事者間に争がない。

二、控訴人は抹消登記手続を命じた判決は成立していないと主張するが、判決は裁判官により裁判所で言渡されることにより判決として成立するものであつて、仮に控訴人の主張する様な訴状送達手続の瑕疵があつてもそれは後に上訴、再審などの不服申立によりその判決の効力を否定する理由となりうるに過ぎず言渡された判決がその存在を失う理由とはならない。本件についてこれを見ると≪証拠省略≫によれば、抹消登記手続を命じた判決は、昭和三六年三月三一日長野簡易裁判所裁判官豊島伝之により適法に言渡されたことが明らかであるから、判決として成立したものというべく、それが不存在であるとする控訴人の主張は失当である。

三、次に控訴人は抹消登記手続を命じた判決は無効であると主張する。しかし、一旦成立した判決を当然無効なものとしてその効力を否認しうるとすることは裁判制度の趣旨に沿わないものであるから、判決に手続上の瑕疵がある場合は上訴の追完、再審の訴など法律上認められた不服申立によつてその判決の取消を求めるべく、右の手続を経ずに判決の無効を主張することは許されない。この理は当事者が相手方の送達場所を知りながら公示送達の申立をし裁判長を欺いてその許可を得、相手方の出頭を妨げて勝訴の確定判決を得るいわゆる確定判決の騙取の場合でも同様であつて、この場合は民訴法第四二〇条第一項五号により再審の申立をすることが許されるものと解する。しかしながら本件においてはそもそも被控訴人が公示送達を申立てた際控訴人の真の住所がいづれにあつたかは控訴人の主張自体明らかでなく被控訴人が控訴人の真の住所を知つていたとの事実は本件全証拠によつても認めることができない。却つて≪証拠省略≫を綜合すれば、当時控訴人は千葉市内において住居を転々としており被控訴人はその住所を知りえず、たまたま昭和三五年五月一〇日頃控訴人に連絡するについて訴外寺本丙子郎に照会した結果同人から同年四月一七日付葉書で千葉市亥の鼻町三番地が控訴人の住所であるとの返事を受け同所にあてて書面を郵送したところ、控訴人から返事を受領することができたので、仮処分登記抹消請求の訴を提起した同年一一月一日当時も千葉市亥の鼻町三番地が控訴人の住所であると信じていたことが認められ、これらの事実からは同人がそう信ずるには少なからぬ根拠があつたものということができる。そうだとすれば被控訴人が抹消登記手続を命じた勝訴判決を騙取したものというのは当らない。

四、そうであるなら、いづれにしろ判決の不成立もしくは無効を理由として回復登記手続を求める控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は結局正当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条・第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 田中隆 裁判官 千種秀夫 福永政彦)

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